2017年12月13日

入来院さん、沈壽官さんって、いったい何者?

「何物?」とは失礼な言い方ですが、他によい表現が思い浮かばず、何卒ご容赦をたらーっ(汗)


先日、NHK「鶴瓶の家族に乾杯」という番組を見ていたところTV
(12月11日放送、『幸せをありがとう 20周年スペシャル』)

2012年に、鶴瓶さんが鹿児島県薩摩川内市(さつませんだいし)を旅した際に、殿様の末裔の家があると聞き訪ねてみると、当時81歳の入来院(いりきいん)重朝(しげとも)さんと出会います。

『珍しい名前だな〜』と思って番組を見ていると、
この方、年齢の割には矍鑠(かくしゃく)としていて、
話しぶりは、最初、ぞんざいで偉そうな物言いに聞こえたのですが、
しばらく話を聞いていると、鶴瓶さんよりだいぶ年長ではありますが、名跡を継ぐ落語家の笑福亭鶴瓶師匠をちゃんと評して称えながらの、親しみある話しぶりであることが分かってきました。


奥さんの貞子(ていこ)さんに先立たれ、『特に夕方になると、寂しいを通り越して悲しい』と訴えると、鶴瓶さんと日本酒「極上吉乃川」で杯を交わすことに。

鶴瓶さんは、一升瓶からぐい呑みに酒を注ぎながら、『ほな、一杯だけいきますわ。ほんま、そんなに仰山入れたら やらしいですからね』と言いますが、大きなぐい呑みに、結構なみなみと注いでいますわーい(嬉しい顔)

早々と、ぐい呑みを空にした鶴瓶さん、ぐい呑みをかざしながら、『これも、いいアレですね〜』と褒めます。

重朝さんが、『これはね〜、壽官(じゅかん)焼きつって、沈壽官(ちん じゅかん)、焼物師でいるだろ、茶碗屋が!』と言うと、

鶴瓶さん、『僕はね、沈壽官さんをめちゃ知っているんですよ』とひらめき

この出会いの4年前、2008年に鶴瓶さんが鹿児島県日置市を旅した際に、たまたま鶴瓶さんがトイレを借りに訪ねた施設で出会ったのが、十四代・沈壽官(ちんじゅかん)さんでした。

そこで、この二人が知り合いだと知った鶴瓶さん、沈壽官さんに電話して、重朝さんと電話を代わると、二人とも奥さんに先立たれた者同士、思い出話と慰めに話が弾みます。

ここからが本題・・・

重朝さんの話す言葉の端々に、『ご愁嘆で』とか、『鶴瓶さんが来たもんだから、私は欣喜雀躍でね』とか、聞きなれない難しい言葉がポンポンと出てきます・・・あせあせ(飛び散る汗)


【愁嘆/愁×歎】しゅう‐たん〔シウ‐〕

1 なげき悲しむこと。悲嘆。「わが身の悲運を―する」
2 「愁嘆場」の略。(デジタル大辞泉より)


【欣喜雀躍】きんき-じゃくやく

小躍りするほど大喜びをすること。
「欣」「喜」はともに喜ぶ意。「雀躍」は雀すずめがぴょんぴょんと跳ね行くように喜ぶこと。(新明解四字熟語辞典より)



そこで、ふと、
『この 入来院重朝さんって、いったい何者? と、思った次第ですexclamation

ググってみると、以下のワシモ(WaShimo)さんこと、下土橋渡さんのホームページに、奥さんの入来院貞子さんのことが書かれていて、その文面から、「入来院」氏のことを探ることが出来ましたひらめき

 → レポート『故入来院貞子さんと薪能』

入来院氏の由来に関する部分を抜粋させてもらうと、
「入来院氏は、鎌倉時代、関東の豪族として、現在の東京・渋谷に城を持ち、相模の国(現在の神奈川県)に勢力をもっていた渋谷氏が、鎌倉幕府から薩摩国の入来院などの諸郷を与えられて下向し、後に入来院と名乗るようになったのが始まりです。戦国時代を乗り切って薩摩藩を確立した島津義久、関ヶ原敵中突破で有名な義弘兄弟の母は、入来院の出でした。
夫で庶流入来院当主の入来院重朝(しげとも)さんが・・・(以下略)」


ウィキペディアにも説明があります。
「入来院氏(いりきいんし、いりきいんうじ)は、桓武平氏、秩父氏の流れを汲む日本の氏族。渋谷氏の支流。」


へぇぇぇ、知らなんだ・・・たらーっ(汗)

ちなみに、「庶流」(しょりゅう)とは、『庶子の系統』、つまり、『本家から分かれた家柄。分家。別家。』のこと だそうです。。。

そうなると、次に気になるのは、
沈壽官」(ちんじゅかん)氏って、どこの誰で、いったいどんな人?あせあせ(飛び散る汗)


こちらも、ウィキペディアにも掲載されており、本にもなっている、有名な人でした・・・ふらふら

沈壽官(ちん じゅかん / シム スグァン(심수관))は、鹿児島県の薩摩焼の陶芸家の名跡。
薩摩焼の苗代川系(苗代川焼)に属し、初代・沈当吉の末裔である沈家の明治以降(第12代以降)の当主によって襲名されている。(Wikipediaより)


とっても勉強になりましたTV





posted by 佐野川 at 19:59| Comment(0) | 日記