2017年01月09日

どんど焼き

「どんど焼き」とは、古くから伝わる小正月(1月15日)の行事です。

そもそもは、お正月に天から下りてきた歳神様を、どんど焼きの煙に乗って天に帰って頂くための神事だったようですが、その後は村人の無病息災や家内安全を祝う行事として、最近では子供たちが主役となっていることから、子供らの健やかな成長を祝い願う行事として、位置づけられるようになってきています。

さらに、勢いよく燃える炎とその熱の強さを子供たちに身近に感じさせることで、火がどれだけ怖いもので、火遊びがどれほど危険なもので、しては行けないことかを、教える意図もあるようです。
よく大人が子供たちに言う、『火遊びをすると寝小便をするぞ』という言い伝えも、このどんど焼きの行事を通じて受け継がれてきたように思います。

あと、どんど焼きが行われる日も、今では松の内(この辺りは1月7日まで)が終わった最初の日曜日に行うことにしているため、1月15日とは限らず、毎年日にちは違います。

まぁ、目的や習わしはよく分からずとも、毎年なんだかんだで受け継がれてきています。

どんど焼きの朝に、子供たちが村中を練り歩き、各戸の玄関に出された、正月飾りの門松やしめ縄、一年間お世話になったダルマやお札などを集めて回ります。
それを、大人たちが組んだ、竹や松葉、藁、杉板などで組んだやぐらの周りに飾りつけ、火を付けて皆で暖まるという行事です。

正月飾りやお札やダルマなどの縁起物は、まさかゴミに出すわけにもいかず、どんど焼きがあるおかげで処分に助かることも確かですね。

その他、この行事の言い伝えとして、
どんど焼きの燃え残った熾き(おき)で、餅を焼いて食べると、健康で長生きできるとか。
私が子供の頃は、まだ各戸では炭炬燵を使っていたので、どんど焼きの熾き(おき)や灰を持ち帰り、家の炬燵に入れると、家内安全で家族が健康で健やかに過ごせるとか。
また、消し炭を家の屋根に投げ上げると、火事にならないとか。
様々な迷信が、今でも残っています。

20170108_01.jpg
  
20170108_02.jpg

posted by 佐野川 at 12:36| Comment(0) | 日記

郷土力士「御岳海」の四股名の由来

滅多にいない長野県出身の大相撲力士。
そんな折り、将来有望な幕内力士のひとりとして、上位陣に土を付けることも多い成長著しい若手力士、御嶽海(みたけうみ)が登場るんるん
御嶽海の勝敗に、県民が一喜一憂していますグッド(上向き矢印)

長野県出身の大相撲力士といえば、

信濃国小県郡大石村(現・長野県東御市)出身の、雷電 爲右エ門(為右衛門、らいでん ためえもん)が有名!
現役生活21年、江戸本場所在籍36場所中(大関在位27場所)で、通算黒星が僅か10・勝率.962で、大相撲史上未曾有の最強力士と言われています手(チョキ)

しかし、雷電が活躍したのは、1800年前後。今から220年も前の、江戸時代のことです。

その後は、昭和10年(1935年)ごろに、関脇で活躍した、長野県下伊那郡喬木村(たかぎむら)出身の登 渉(たかのぼり わたる、高砂部屋)がいますが、

他に三役まで登りつめた郷土力士は見当たりませんあせあせ(飛び散る汗)

久々に幕内で活躍する郷土力士の登場に、相撲ファンならずとも、長野県民が大喜びするのも無理ないことです。

御嶽海(みたけうみ)のプロフィールは、

所属部屋 出羽海部屋
四股名  御嶽海 久司
本名   大道 久司
生年月日 1992年12月25日(24歳)
出身   長野県木曽郡上松町
身長:178cm、 体重:153kg


東洋大学の相撲部出身で、学生時代に、個人タイトル15冠、4年時の11月に学生横綱に、12月にはアマチュア横綱となっています。
2015年2月12日に、出羽海部屋へ入門。
2015年3月場所で、初土俵。初土俵の3月場所で6勝1敗、5月場所も6勝1敗と活躍。
2015年7月場所で、新十両昇進。11勝3敗で十両優勝を果たす。
2015年9月場所で、14日目に初めて幕内で相撲を取り勝利。
2015年11月場所で、新入幕。千秋楽に勝ち越し、8勝7敗。
2016年5月場所で、敢闘賞を受賞。
2016年11月場所で、初三役・東小結に昇進。

ただ、先の11月場所(九州場所)で6勝9敗と負け越し、今場所(1月場所、初場所)は、西前頭1枚目での出場となっています。

それでも初日、強敵・豪栄道を破り、白星発進ー(長音記号2)ダッシュ(走り出すさま)

大したものです!

ところで、ふと、
海無し県である長野県出身なのに、御嶽「海」とは如何にexclamation&question

四股名は、地元の名峰で、日本三霊山のひとつにも数えられる「御嶽山」(おんたけさん)に由来します。
御嶽海が相撲取りになる直前、御嶽山は2014年9月27日に噴火し、戦後最悪の火山災害となる47人もの死者を出してしまいました。
麓の村々も、降灰による農作物の被害のほか、長引く立ち入り禁止措置による観光客の減少により、経済的損失が膨らみ、活気が失われつつありました。
こうした状況下で、出身地である地元の復興と被災者の供養を願い、御嶽山の「御嶽」と、出羽ノ海部屋の「海」から、「御嶽海」と名付けられたようです。

なお、「御嶽山」(おんたけさん)は、その昔、
遠く三重県からも望め、「王御嶽」(おんみたけ)とも呼ばれていて、古くは坐す神を王嶽蔵王権現とされ、修験者がこの山に対する尊称として「王の御嶽」(おうのみたけ)称して、「王嶽」(おうたけ)となり、その後「御嶽」に変わったとされています(ウィキペディアより)。

なので、御嶽海も、「おんたけうみ」ではなく、言いやすく語呂が良い、「みたけうみ」と読むことにしたのかと思いまするんるん
posted by 佐野川 at 07:40| Comment(0) | 日記